「救い」ってなに?

聖書は全ての人が神様に対して罪を犯したと教えています。そして、罪は残酷な結果を招きます。

【リンク:聖書が教えている罪について】

しかし、聖書の神様は罪人のために救いというものを備えてくれました。

救いの方法

世の中にいろんな宗教があります。「これが救いになった」と言って、話を持ちかける宗教が多数あるように思えます。駅前で怪しい勧誘をしているところから、「ちょっと聖書の話を聞きませんか」と言って尋ねてくるところまで、いろいろありますね。

実は、聖書の中に神様が準備してくれている救いの方法が書かれています。そして、救われる方法は一つしかないと聖書は教えています。

12 この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人間に与えられていないからです。

使徒の働き4:12(聖書)

「この方」とはイエス・キリストのことです。聖書は、イエスの他には救いがないと教えています。

【リンク:聖書ってどんな本?】

聖書によると、自分で罪を償うことはできません。なぜなら、何かをして償おうとしても、私たちの罪に刑罰が下されなければならないからです。私たちがどんなに償おうとしても、誰かが過去に起こした罪の罰を受けなければなりません。

神様は自分のひとり子イエス・キリストをこの世に送りました。イエスは私たちの身代わりとなって十字架で死んだのです。そして、3日目に生き返りました。自分が本当に神様であることと、自分が言ったことが全て本当だということを証明してくれました。

【リンク:イエス・キリストについて】

聖書の中には、救いについてこう書かれています:

 2 この方こそ、私たちの罪のための、いや、私たちの罪だけでなく、世全体の罪のための宥めのささげ物です。

1ヨハネ2:2

神様は罪に対して怒っています。そして、刑罰を下します。しかし、イエス・キリストは代わりにその罰を負ってくださいました。

ここに大きなパラドックスがあります。正しくさばく神様は片目をつぶって罪を認めるわけにはいきません。神様は正義を愛される方で、罪が大嫌いです。しかし、私たちを愛してくれているのです。だから救いの道を作ってくれました。

【リンク:聖書が教えている神様ってどんな人?】 

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

ヨハネの福音書3:16(聖書)

救いの結果

救いを受け取る方法かをみる前に、聖書が教えている救いの結果を見てみましょう。

罪が全て赦される

細かいことですが、字に注目してください

す」ではなく、「す」です。

神様は罪を犯す許可を出すのではありません。イエスのゆえに罪を帳消しにして、赦してくれます。これはイエスが犠牲となって死んでくれたからです。

さばきを恐れる必要がなくなる

まことに、まことに、あなたがたに言います。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わされた方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきにあうことがなく、死からいのちに移っています。

ヨハネの福音書5:24(聖書)

罪についての記事でも書きましたが、罪には刑罰があります。地獄でさばかれると聖書は教えています。

【リンク:聖書が教えている罪について】

しかし、イエス・キリストの言葉によると、救われる人はさばきにあうことがありません。キリストが罰を代わりに受けたので、自分のために罰はないということです。

神様と正しい関係がもてる

【リンク:聖書が教える神様について】

救いを通して罪がゆるされた人は、神様と正しい関係を持つことができます。この人生で神様と親しい関係を持ちながら生きていけると聖書は教えています:

しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとなる特権をお与えになった。

ヨハネの福音書1:12(聖書)

救われることによって、私たちを創った神様と親子関係になるんです。祈りを通して、世界を創られた神様と話すこともできます。

また、こういう約束も聖書にあります:

主ご自身が「わたしは決してあなたを見放さず、あなたを見捨てない」と言われたから

ヘブルへの手紙13:5(聖書)

なので、もう一人ではないということになります。いつでも神様がともにいてくれるんです!

では、どうやって救いを受け取るのでしょうか?

救いをもらう方法

特典と言ったら変かもしれませんが、救いというものは本当に素晴らしいものです。では、どのようにして聖書が教えている「救い」を手に入れられるのでしょうか?

自分の罪を認める

「救い」をもらう前に、救いが必要だということを認めなければなりません。自分が罪人であること認める必要があります。

【リンク:聖書が教えている罪について】

自力で救われないことを認める

救いが必要だと承知した上で、自分で自分のことが救えないということを認める必要があります。神様は、私たちが頑張ったから救いを与えてくれるのではありません。イエス・キリストがしてくださったことのゆえに与えてくれます。

イエスがなさったことプラス自分の力ではありません。

イエスが自分の罪の身代わりとなって死んで生き返ったことを信じる

9  なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われるからです。10 人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。

ローマ人への手紙10:9−10(聖書)

全てはイエス・キリストのおかげです。自分の罪を認めた後、イエス・キリストが自分の罪のために死んで、生き返ったことを信じれば救われると聖書は教えているのです。

おちろん、イエスの復活を信じるためには、イエスが誰なのかをしっかり把握しなければいけませんが、イエスのことはこちらの記事に詳しく書いてあります。

それだけ

本当にそれだけなのです。バプテスマ(洗礼)・お金の寄付・教会の出席などは、救いと全く関係ありません!自分で何か行動を起こして、救われるという教えがイエス・キリストと聖書の教えの正反対です。

8     この恵みのゆえに、あなたがたは信仰によって救われたのです。それはあなたがたから出たことではなく、神の賜物です。9     行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。

エペソ人への手紙2:8−9(聖書)

簡単なことなのです!でも、そこにたどり着くためには、自分のプライドを捨てる必要があります。

尾張バプテスト教会では、聖書が教えているこの「救い」についての質問に応える時間や、聖書を学ぶ時間を持っています。聖書の教えに興味がある方や、質問がある方は、ぜひ一度は来てください!

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